R.A.M.によせて
思うに風景画の魅力とは、単に描かれた景色の美しさや描写の上手さを見るだけではなく、風景に込められた描き手のエッセンスを感じ取ることではないでしょうか。つまり、風景とは画家の精神の投影であり、また、心の拠り所でもあると思うのです。
さてここに紹介する若い3人の画家もまた風景に自らの思いやメッセージを託し描きつづけています。
奥村美佳の作品から感じるのは静けさ。空想のなかにしか存在し得ないような木々、そして建物や街が独自の空間描写により幻想的に描かれています。建物や街には人の気配はなく、あるのは静寂に包まれた空間です。この静寂によって見えてくるのは外面的な社会ではなく内面の真理です。彼女の作品に触れていると、自分を見つめることのできる静かな心になれるような気がします。「豊かな静」と言うに相応しい作品です。
藤倉明子の作品からは、奥村の作品とはまったく対称的な「動」を感じずにはいられません。しかしそれは、嵐のような激しさではなく風や空気の心地よい流れと言っても良いものです。身体全体を使って描かれているかのような大きなストロークの線が画面に動きを与え大らかに感じるのです。人間本来のいきいきとした生命の躍動を想起しさらに、ゆったりとした優しい気持になれる作品です。
伴戸玲伊子の作品の中に見ることのできる空間の広がりには無限の可能性を感じます。パースペクティブにより描かれた景色や俯瞰された大地など。特別な主題、対照などなくただひたすら広がる空間です。10号の作品でも100号の作品でも画面の中には無限の彼方=可能性が広がっているというリアリティーが存在します。その、リアリティーが見る者に希望を与えるように思うのです。
感覚によって心の中に再生された風景を「心象風景」と呼びます。とても都合のよい言葉です。しかし、この言葉の概念には人の心を動かす力はありません。ですから、この3人の画家が描く作品は心象風景とは言えないと思うのです。本展は、自らが全身全霊を傾けて見る者に伝えようとするこの画家たちの魂の風景なのですから。
佐藤美術館 主任学芸員 立島惠
