<in the river>
禊川(禊を行う川)に朱色の楼門が映り、 眩いばかりに輝き 揺らめく様子を見ていると、 心の中に溜まった澱のようなものがゆっくりと流し去られていくような 不思議な清々しさを感じることがある。
「禊(みそぎ)」とは川や海に身を浸して穢れをはらう神事である。 これは伊邪那岐大神(イザナギノミコト)が黄泉の国から現世に戻られた際に 清流で身を清めたという神話によるもので、 現在も6月と12月の晦(つごもり)の日に万民の罪・穢れを清めるため 宮中や神社にて行われている行事だ。
古来、清らかな水の流れには神性が宿り、 人間の心身を浄化し、リセット=再生を促す力があると考えられてきたのだ。 純粋で雑じりけのない「水」という媒体だからこそ、 同じように透明で色や形を持たぬ人の「心」にも自然に作用を及ぼすのかもしれない。
芸術もまた、人の心を通過し、洗い清め、流れゆく抽象的な川の存在に似ている。
それは時間や空間を越えて、私たちの心を通過し、 人から人へと脈々と流れつづける「美の源泉」或いは「いのちの流れ」のようなもの。 それに触れることで互いの役割が明確になり 精神が活性化するような存在である。 その流れの中に惑いながらも、時折映りこむ真実のきらめきを探しながら、 もう少し、この川に表れるものを見定めてみたい。 伴戸玲伊子